座右の銘に「闘う腫瘍内科医」を掲げる

患者さんに適切な治療を受けてもらうため、障害となるすべてと闘う

取材・文●軸丸靖子 医療ライター
発行:2014年6月
更新:2019年7月

  

佐々木康綱
昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科学部門教授/昭和大学腫瘍分子生物学研究所所長/
昭和大学病院腫瘍センターセンター長

昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科学部門教授の佐々木康綱さん

座右の銘に「闘う腫瘍内科医」を掲げる。「患者さんに適切な治療を受けてもらうため、障害となるすべてと闘う医師」という意味だ。長く日本のがん薬物治療を先導し、いま母校で後進の指導に情熱を注ぐ佐々木康綱さん。闘志の源には、常に患者さんへの尊敬の念がある。

ささき やすつな 1952年生まれ、長野県出身。慶應義塾大学経済学部を経て昭和大学医学部へ。1980年卒業後同大旧・第一内科(現・呼吸器内科)入局。国立がん研究センター中央病院、米メリーランド州立大学がんセンター客員研究員、国立がんセンター東病院化学療法科医長、埼玉医科大学腫瘍内科教授を経て2012年7月から現職

「臓器横断」に込められた がん医療へのビジョン

昭和大学病院腫瘍内科の朝は毎日のカンファレンス(会議)から始まる。夕方には週2回、1時間ずつのキャンサーボード(がん委員会)も行われる。「病院なのに会議ばかり?」と思うなかれ。がん薬物治療において腫瘍内科が実質的に機能するために、こここそが要になる場なのだ。

キーワードは「臓器横断」である。同大病院では2012年7月、佐々木さんの教授着任と同時に、肺がん、大腸がん、胃がん、乳がんの薬物療法は原発巣に関わらず腫瘍内科に専任するという方針を打ち出した。理事長・病院長のトップダウンで、患者の多い〝4大がん〟の薬物療法を集約するという決定を下したのだ。

日本の大半の病院は、がんと診断すると、原発巣がどの臓器かによって担当科を振り分けている。いったん消化器外科に振り分ければ、化学療法が必要になっても、肺や骨に転移しても、そのまま消化器外科医が最後まで担当する。長年続いたこの慣習を切り捨てた同大の決断は思い切ったものだった。

日本のがん薬物療法を牽引してきた佐々木さんの指導力を見込んでの変革ともいえるだろう。薬物治療が必要な患者を任せる、その代わり、がん医療に関わる全スタッフを指揮し、がん治療のあるべき姿を具現化するようにと、佐々木さんに強く求めたのだ。佐々木さんは言う。

「4大がんの薬物療法を集約するという大学トップの決定は、われわれ腫瘍内科医が機能する上で非常に重要でした。今後のがん治療のあり方、腫瘍内科の役割について明確なビジョンがなければできない決断です。がん治療は臓器の垣根を超えて進める必要があるのです」

このビジョンを具体的にする場が、冒頭のカンファレンスであり、キャンサーボードだ。キャンサーボードに関しては、いまのところ消化器がんと呼吸器がんに特化して開かれている。毎回、外科や内科、腫瘍内科、放射線科、看護師、薬剤師、栄養士など50人ほどが出席し、患者さんの治療方針について徹底的に議論する。そこでの腫瘍内科医の役割はいわばコンダクター(オーケストラの指揮者)であり、モジュレーター(複数の現場の調整係)だ。

腫瘍内科症例カンファレンス 将来を担う若手医師と論議を交わす

〝効く薬〟の登場で明らかになった がん専門病院の限界

なぜ、がんの薬物治療を腫瘍内科に一任することがそれほど画期的なのか。

医学の進歩は、分子標的薬など劇的にがんに効く薬を次々に登場させた。多くの患者がその恩恵を受ける一方で、消化管穿孔や肝不全、間質性肺炎、血栓症、薬物中毒性の皮膚疾患といった重い合併症も見られるようになってきた。吐き気や脱毛といった抗がん薬に一般的な副作用とは違う、致死性の副作用である。

好例が、再発性非小細胞肺がんなどに用いられるイレッサや、大腸がんや消化管間質腫瘍に用いられる分子標的薬スチバーガだ。こうした重い副作用には、血管外科医や皮膚科医が常駐する総合病院でなければ対応できない。結果、がん専門病院から総合病院へ搬送されることが少なからず起こっているのだ。

「日本では従来、がん専門の外科医が薬物療法も併せて行ってきました。しかしいまやがん薬物治療のレジメンは複雑になっています。もたらしうる副作用も激烈で、外科医の頑張りだけで使いこなせる薬ではなくなってきたのです」

国立がんセンター(当時)が長かった佐々木さんにも苦い経験がある。(東病院で)ある治験薬を投与していた患者さんが、副作用で白質脳症を発症した。しかしがん専門の同院には神経内科医がいない。結局、地元の市立病院の医師に毎週来てもらうことで対応した。

「これではダメだと痛感しました。がん専門病院ではがん以外は診られないのです。しかし、がん薬物療法による重い合併症に対応するにはがん以外の専門家の力が不可欠。調整役を置いて、総合病院のように対応することが必要になってきたのです」

イレッサ=一般名ゲフィチニブ スチバーガ=一般名レゴラフェニブ

続々新設の腫瘍内科、その実態は…

多くの種類のがんに精通した腫瘍内科医が調整役となり、患者の全身状態(PS)を総合的に管理できれば確かに理想的だが、それが難しい。まず、数の問題がある。厚生労働省の旗振りもあって、腫瘍内科や化学療法科と銘打った診療科は全国の病院に続々と誕生しているが、その実態は佐々木さんの言うところの〝消化器化学療法科〟や〝呼吸器腫瘍内科〟と呼ぶべきものだ。

「欧米で腫瘍内科医というと少なくとも2つの領域に精通している必要がありますが、日本の腫瘍内科は、自分の専門以外のがん薬物療法は経験をもたない医師ばかりです。本当の意味で腫瘍内科が機能している病院は、片手で数えられる程度でしょう」

歴史の浅い腫瘍内科は、病院内での基盤が弱いという面もある。大学病院の呼吸器内科で長年肺がん薬物療法を専門にしてきた医師が、新設の腫瘍内科の教授に抜擢された、しかし古巣の呼吸器内科は肺がん患者を手離さなかった――こんな事態が起こっているというのだ。これでは、同じがんでもどの科にかかるかによって受ける治療が変わることになりかねない。

兼務する腫瘍分子生物学研究所所長室にて

「腫瘍内科はまだマイノリティなのです」と佐々木さんは言う。教授以下3、4人といった体制では大きなことはできない。そのため、昭和大学では佐々木さんの着任以来、腫瘍内科の規模を徐々に拡大してきた。

いま佐々木さんの下に在籍する12人の医師は、半数はがん薬物療法が専門のプロパー、残る半数は他科からの出向だ。外科や呼吸器内科、消化器内科、耳鼻咽喉科、乳腺外科、血液内科などから半年~1年単位で、中堅医師を派遣してもらっている。そうすることによって腫瘍内科の位置づけがより明確になるとともに、院内の連携が強固になる。がん患者に、よりシームレスな治療を提供できる体制が整うというわけだ。

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