数多くの女性の子宮を守り、妊娠に導き、幸せを授けてきた

第一線を退いても、地域医療の現場から女性のための医療を実践し続ける

取材・文●伊波達也
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年5月
更新:2015年9月

  

上坊敏子 
独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)相模野病院婦人科腫瘍センター長

相模野病院婦人科腫瘍センター長の上坊敏子さん

女性の病気、中でも婦人科がんと長年向き合い続けてきた女性医師が、相模野病院婦人科腫瘍センター長の上坊敏子さんだ。子宮体がんの黄体ホルモン療法の第一人者として、数多くの女性の子宮を守り、妊娠に導き、幸せを授けてきた。現在も日々、地域医療の現場から女性のための医療を実践し続ける。

じょうぼう としこ 1948年愛知県生まれ。1973年名古屋大学医学部卒業。同年北里大学病院レジデント。1980年同医学部講師。1985年医学博士。2000年同助教授。2007年同教授。2007年社会保険相模野病院婦人科腫瘍センター長に就任。主な著書に『女医さんシリーズ 子宮ガン』(主婦の友社)、『痛みのレディースクリニック』(講談社)、『知っておきたい子宮の病気』(新星出版社)、「卵巣の病気」(講談社)ほか。テレビ番組出演、雑誌記事ほかメディア掲載も多数

ごく早期の患者さんに接する機会が増える

「大学病院にいた頃は、大きながんの患者さんばかり診ていたのですが、この病院に移ってからは、異形成という前がん状態の患者さんが結構多いということがよくわかりました」

紹介により訪れる難しい症例の治療に明け暮れていた大学病院時代と違い、ごく早期の患者さんを診ることが仕事の中心になったと話すのは、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)相模野病院婦人科腫瘍センター長の上坊敏子さんだ。

医学部の教授を退任後、2007年4月、地域に根づいたこの病院に着任して8年が過ぎた。大学病院時代から診ている患者さんも上坊さんのもとを訪れる。

「大きいがんというのは、診断は簡単につくのですが、治すのは難しいんです。一方、異形成や上皮内がんなどごく早期の場合、治療はやさしいのですが、正しく診断して適切な方針を立てるのが難しいんです」

婦人科がんの場合、妊娠という大切な機能を温存できるかどうかは診断力にかかっている。長年積み重ねた経験により、この患者にはどの治療が一番適切かをじっくりと検討して方針を決める。

「症例を積めば積むほど診断の精度が高くなることは確か。私は自分で細胞診も病理標本も見ます。
そうすることで、自分自身で納得しながら、過剰な治療や不十分な治療になることを避けることができます」

多くの女性の妊娠を実現

日常診療をともにする医療スタッフと診察室で

上坊さんは、1年前までは手術もしていたが、昨年(2014年)3月、定年で非常勤の嘱託になったのを機に手術からは退いた。現在は、セカンドオピニオンも含めて、外来診療の毎日を過ごしている。

上坊さんは、大学病院勤務の頃から一貫して、女性の妊孕性(妊娠する能力)について考えながら、治療に当たってきた。

そこから生まれたのが、子宮体がんに対する「黄体ホルモン療法」だ。上坊さんは同治療の第一人者として知られている。

黄体ホルモン療法は、子宮体がんの前がん病変である子宮内膜異型増殖症や、悪性度の低い高分化型の類内膜腺がんで、年齢が39歳以下、筋肉に浸潤していないなど、いくつかの適応基準をクリアすれば適応される。この治療では、子宮を残し、妊娠への希望を繋ぐことができる。

プロゲステロン(黄体ホルモン)の誘導体である「ヒスロンH」という薬を少なくとも半年間投与し、最終的には子宮内膜掻爬でがんが消えたことを確認して、さらに地固めのため2~3カ月治療を続ける。ホルモン療法の影響で子宮内膜は非常に薄くなり、受精卵が着床しにくい状態になっているので、中用量ピルを数カ月服用して、月経を繰り返すことで子宮内膜を正常の状態に戻していく。

「中用量ピルには子宮体がんの発症因子となるエストロゲンが入っているので、この治療を敬遠する医師もいますが、ピルにはプロゲステロンも入っているので、問題はありません。若い体がん患者さんの多くはもともと不妊で悩んでいる場合が多く、妊娠のためには積極的な不妊治療が不可欠です」

上坊さんは、不妊治療の専門家と協力することによって、多くの女性の妊娠を実現してきた。

学会で叱責を受けた経験も

最初にこの治療を手がけたのは、約30年前。

「私がまだ講師に成り立ての頃、初めてホルモン療法をしました。20代の体がんは非常に珍しいのですが、たまたま2例立て続けに20代の患者さんがいらして、黄体ホルモン療法を行いました。1例目はあっという間にがんが消えましたが、治療を止めたら再発してしまって。2例目は3カ月半治療したのですが、がんが消えませんでした。結局2例とも子宮を摘出しましたが、子宮にはがんがほとんど残っていなくて、〝もう少し粘って治療していればよかったね〟と仲間の医師たちで話していたんです。

その結果を学会で発表したら、ある先生に〝子宮体がんをホルモンだけで治療するなんて、何考えてるんだ。人殺しか〟って言われたんです。〝人殺しなんて……〟、さすがにそのときはへこみました」

上坊さんは、子宮体がんで高分化型のものは黄体ホルモン療法が効き、妊娠することもあるという海外の論文や、自分たちの基礎実験で体がんは黄体ホルモンによく反応するという成績を踏まえて、さらに20代という若い女性の子宮を取らずにすむならという思いでトライしたのだが、学会での反応にショックを受けた。

「それからしばらくは、この治療に手を出す気にはなれませんでした。当時は子宮体がん自体も少ないし、若い人となるとさらに稀で、妊娠を希望する患者さんが訪れなかったということもありますけど……」

ところがそれから4~5年ほど経ったある日、上坊さんのもとに若い夫婦が訪れた。

「他の病院で子宮摘出手術だと言われた子宮体がんの方で、どうしても子どもが欲しいので、何とかして欲しいということでした。最初はお断りしたんです。でも、2人して土下座までされて、断り切れませんでした」

以前の失敗を考慮して、今度は治療を長めに行った。治療はうまくいき、人工授精で妊娠し、無事出産したという。

その一件以来、この治療効果に確信を持った上坊さんは、学会や論文で積極的に発言を続けた。次第に「黄体ホルモン療法」は知れ渡っていき、上坊さんのもとには、次々と患者が訪れるようになった。

「私の名前も知られて、頻繁に治療するようになったのは17年か18年ほど前だったと思います」

がんになっても子どもを産みたいと切に願う女性たちにとって、上坊さんは 〝最後の砦〟となったのだ。

「妊娠できた人たちからはとても感謝されていますし、本当にうれしいです。ただこの治療は手術に比べると治療成績が悪く、どんな体がんにも効くわけではありません。担当の先生とよく相談して治療を選択してほしいと思います」

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