早期発見、治療が1番 先生にタン(舌)キューべろマッチです! 2005年に舌がんを経験した医事漫談の巨匠・ケーシー高峰さん(81歳)

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年1月
更新:2019年8月

  

ケーシー たかみね
1934年山形県出身。日本大学医学部に進学するが、途中芸術学部に転部。大学卒業後、漫才師の「リーガル天才」のもとで修行。68年開始の「おいろけ寄席」(テレビ東京)の司会を担当。「セニョール・グラッチェ」が当時の流行語となり、漫談家としての地位を確立。その後、大河ドラマ・朝の連続テレビ小説等、俳優としても活躍中

話芸で生きる芸人にとって、舌がんは極めて厄介な病気である。早期であっても、手術で舌の一部を切除せざるを得ないため、術後、発音が不明瞭になることがあるからだ。医事漫談のケーシー高峰さんは、71歳のとき舌がんになり、トレードマークの白衣をパジャマに着替えて、大学病院に入院することになってしまった。

姪の歯科医の助けで早期発見

芸人の中には変わった経歴の持ち主が多いが、医学部に在籍したことがあるのは、ケーシー高峰さんぐらいではないだろうか。モダンジャズにはまって学業が疎かになり、途中で芸術学部に転部してしまったが、難しい試験をパスして日本大学医学部に入学し、2年間在籍したのは紛れもない事実である。

医学部に進んだのは、母や兄、姉が医者や歯医者という医者一家に生まれ育ったからである。周囲が医者だらけであることは、医事漫談のネタを仕入れる上で好都合だったが、舌がんを早期のうちに見つけることができたのも、医者一家の一員だったからだ。

ケーシーさんの舌にできた白い斑点が、がんと判明したのは2005年5月のことである。舌がんは口腔外科の領域に含まれるため、歯科医が診察と治療に当たることが多い。ケーシーさんの場合も、姪の歯科医が舌の白い斑点を白板症と診断したことで、舌がんの疑いが生じた。白板症は前がん病変であるため、がんである可能性が出てくるのだ。

姪が「なるべく早く詳しい検査を受けたほうがいい」と言って、千葉県にある歯科大学の総合病院を紹介してくれたので、ケーシーさんは仕事が一段落した5月中旬、その病院を訪ねた。ケーシーさんの主治医となったのは、口腔がんのエキスパートとして知られ、舌がんに関して豊富な治療実績がある医師だった。

診察室に入ると、まず問診と触診が行われ、そのあと生検用の細胞が採取された。結果が出たのはその3時間後。舌の右側と左側に1つずつある白い斑点は、どちらも悪性だった。

これでケーシーさんは舌がん患者の仲間入りをすることになったが、まだ早期の段階であったため、手術で切除してしまえば、それで治療は終了する。入院期間は1週間から10日ほどという話だったので、ケーシーさんは仕事のスケジュールをいくつかキャンセルし、5月21日に入院して23日に手術を受けることになった。

早期発見、早期治療で舌がんを克服したケーシー高峰さん。「早期発見が1番。ちょっとおかしいなと思ったら、すぐに医者に行かなきゃ」と話す

不安なく向かうことができた手術

舌がんの手術を受けると、舌の動きが悪くなって言葉が聞き取りにくくなるケースがある。それに対する不安はなかったのだろうか?

「それが全くありませんでした。初めは少し心配していたんだけど、主治医の先生から詳しい説明を受けたとき、『それは大丈夫です。心配なさらないでください』とハッキリ言われたので、何の不安もなく手術を受けることができました」

5月23日に行われた手術では、まず、舌の左側縁と右側縁にあるがんをレーザーで焼灼切除、そのあと自動縫合器で切除した部分を縫い合わせて40分ほどで終了した。

「局所麻酔で行ったので、口の中に器具を挿入されているのがわかりました。吐き気はなかったけれど、よだれが結構出ちゃってね。そばに美人の看護師さんがいたんで、『よだれ吸ってよ』って頼んだら、『今はダメ、全部終わってからね』って、うまく逃げられちゃった(笑)」

お得意のエッチなギャグを交えてケーシーさんは明るく話すが、実際は手術中、顔面を器具で固定され、1㎜も動かせなかったので、結構つらかったようだ。

おにぎり1個で腫れあがった舌

舌には血管と神経が集中しているため、手術後は大きく腫れ、強い痛みも伴う。そのため、手術後しばらくの間は抗生物質(抗菌薬)と鎮痛薬を服用することになった。食事も、通常食だと縫合部に食物が触れて細菌感染が起きやすくなるため、術後1週間は口から摂取できるのは流動食だけ。他の食べ物の摂取は一切禁じられた。

「流動食を摂取した後と、就寝前には必ずうがいをしていました。うがい薬はイソジンのような市販されているようなものではなく、殺菌効果の強い医療用のものでした」

その甲斐あって、ケーシーさんの口の中は細菌レベルが低く保たれ、舌の腫れは日を追うごとに治まっていった。まだ舌を動かすと縫合部が痛むので、少ししか話せなかったが、このままいけば数日で縫合部が落ち着き、普通に話せるようになるはず……だった。

ところが思わぬ事態が発生し、術後の回復が遅れることとなる。

「地下の売店に行ったとき、おにぎりが目に留まって、イクラ入りのおにぎりを1つ買って食べちゃったんですよ。うがいもしなかったので、縫合部がそのあと化膿して舌が大きく腫れ上がっちゃってね。看護師さんにこっぴどく叱られました」

入院中に起こした喫煙未遂事件

そしてもう1つ、ケーシーさんを良からぬ行動に走らせたものがある。それは毎日吸っていた〝タバコ〟だった。入院してから日が経つにつれて、ケーシーさんはタバコを吸いたいという欲求を抑えられなくなってしまったのだ。入院前は1日40本吸っていたヘビースモーカーなので、無理からぬことだった。

1度、意を決して吸いに行こうとしたことがあった。しかし、幸か不幸か、結局はうまくいかなかったという。

「エレベーターで下に降りようとしたら、看護師さんが一緒についてきて、『何しに行くんですか』って聞くんですよ。とっさに『いや、おしっこをしに』と言ったら、『トイレだったら部屋にありますけど!』って睨まれちゃった。彼女たちは、僕がそろそろタバコを吸いたくなると読んで、見張っていたんですよ。下までついてくるので、諦めるしかなくてね。結局入院中は1本も吸えませんでした……」

こうしてケーシーさんは入院中、先のおにぎり事件と喫煙未遂事件を起こしてしまうが、ただそれ以外は、とくに問題となる行動は見られず、専ら医事漫談のネタを増やすことに注力していた。

大学病院には、医事漫談のネタになりそうな素材がたくさん転がっていた。ケーシーさんは興味をそそられる素材があると、ダジャレやギャグに加工して医師や看護師に試し、大受けしたものはネタのストックに加えていった。

サービス精神が旺盛なケーシーさん。取材を受けている間も、ダジャレや下ネタを連発して記者や編集者を笑わせ、煙に巻く。同席していた女性編集者が「入院中お風呂はどうしていたんですか?」と尋ねたときは、「座浴です。看護師さんに拭いてもらうのが楽しみでした。1度図に乗って『上は自分で拭けるから、下だけ拭いて』って言ったら、『バカバカ』って叱られちゃった」

女性編集者は、顔を赤らめて大笑いしていたが、入院中はこの手の下ネタを看護師さんたちにたっぷりサービスしていたので、ナースステーションでは大人気だった。

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