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最新臨床レポート

国内初の医療機器承認で開発に拍車がかかる AIを活用した大腸がんリアルタイム内視鏡診断サポートシステムの開発状況

取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2019年4月
更新:2019年8月

  

年間罹患者数約15万人で、年間死亡者数は女性では1位、男性では3位という大腸がん。しかし前がん病変やごく早期がんで発見できれば、十分に根治が見込める。そんな大腸がんの早期発見と死亡数抑制への貢献が期待できるのが、AI(Artifical Intelligence:人工知能)を利用した診断だ。この分野では現在、昭和大学横浜市北部病院を中心としたグループのシステムが、2018年に医療機器承認された。さらに追随するシステムもある。そんな大腸がん診断をめぐるAIの現状についてレポートする。

検診率の低さと医師間の技術格差が問題に

大腸がんの検診は、健康保険で受診できるものには、自治体などで行われる対策型検診がある。この検診では便潜血検査が実施されている。便潜血検査の有効性に対するエビデンス(科学的根拠)は確立されており、2日間自ら便を採取して医療機関に提出するだけという簡便な検査として長年続いている。しかし、便潜血検査では、ごく早期のがんや前がん病変を見つけることはできないのが実情だ。

一方、大腸がんを外科手術ではなく、低侵襲的な内視鏡治療で根治に導き、死亡を抑制するためには、早期がんや前がん病変の状態で見つけることが大切だ。

早期がん、あるいは前がん病変である腫瘍性ポリープを切除すると、大腸がん罹患率を76〜90%抑制して、死亡率を53〜68%減少させるという国際的なデータもある。

しかし、わが国における大腸がんの検診率は低い。厚生労働省の『平成28年国民生活基礎調査の概況』によると、40〜69歳の大腸がん検診の受診率は、男性で44.5%、女性では38.5%だ。年々微増はしているものの、約9割と言われる欧米に比べると全く低いと言える。

また、早期がんや前がん病変を見つけることが可能な大腸内視鏡検査は、便潜血検査で要精密検査になった場合にしか保険適用にならない。しかも大腸内視鏡検査の対象となった場合でもその受診率は6割程度だ。

さらに、検査を行う医師の熟練度という問題もある。大腸がんの予防効果は、検査を行う医師の腫瘍性ポリープの発見率と関係があるとされており、発見率が1%上昇すると、将来の大腸がんが3%減少するという報告もある。しかし、現実には、診断において熟練度の高い医師とそうでない医師との間で診断に格差が出てしまう。医師の技術格差で、24%が見逃されているというデータもある。

また、大腸の内視鏡検査を受けた人では、その約6%が、後に大腸がんを発症したというデータがある。その原因は、検査での見逃しが58%、来院しなかったケースが20%、検査後新たながんが発生したのが13%、取り残しが9%という報告もある。

近年では、高性能な内視鏡の登場により、病変を細胞レベルで見ることができるようになってきた。それにより診断精度は上がってきたとはいうものの、やはり医師の診断力というマンパワーが問われることに変わりはない。

細胞核の画像から腫瘍性ポリープか否かを判定-昭和大学横浜市北部病院

そんな中で注目されてきたのが、医師の診断力をアシストすることのできるAI(人工知能)による診断システムだ。現在、大腸がんのAI診断システムの最右翼と目されているのが、昭和大学横浜市北部病院を中心としたグループのシステムだ。

研究開発グループの責任者である同院消化器センター長で教授の工藤進英さんは、『AIを搭載した内視鏡診断支援プログラム』の研究を2013年より進め、国内5施設(昭和大学横浜市北部病院、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院、静岡県立静岡がんセンター、東京医科歯科大学附属病院)による臨床性能試験を経て、2018年12月、国内初の医療機器承認にまでこぎつけた。

同システムの内容は、昭和大学横浜市北部病院と名古屋大学大学院とサイバネットシステム株式会社により開発された、AI診断ソフト『エンドブレイン』と、細胞の核まで観察が可能で、病理検査の顕微鏡と同等レベルの画像を描出できる520倍の超拡大内視鏡を組み合わせて、ポリープの血管、色素を散布して染色した細胞核の画像から腫瘍性ポリープか否かを判定する。

発表当時は6万枚、そして現在までに10万枚以上の画像を蓄積し、AIに学習させており、それらに基づく診断の精度は、熟練度の高い内視鏡医とほぼ互角である。熟練医以外の正診率が7割程度であるのに比べ、98%の精度で判定できる。そして、今一番ホットなニュースは、この『エンドブレイン』が、2019年3月8月、450万円という価格でオリンパス株式会社より発売されたことだ。

腫瘍性ポリープか否かを判定することは、大腸がんになる可能性のあるポリープのみを切除し、約8割といわれる無駄なポリープの切除を抑止することが可能となる。このことにより、患者への余分な負担が軽減できるととともに、確定診断のための組織採取(生検)を大幅に省くことが可能となる。従来は、非腫瘍性のポリープまですべて採取して調べていたため、病理医は超多忙を極めていた。患者の負担軽減のみならず、医師の激務や人手不足を解消できるという点でも大いに貢献するシステムなのだ。

今後は、同システムが、保険収載を達成することにより、全国に普及することで、大腸がんの診断精度を高め、少しでも大腸がんによる死亡を抑止できることに貢献することを目標にしていると、工藤さんは各所でコメントしている。

前がん病変をリアルタイムに自動検知-国立がん研究センター

これに追随する、大腸がんのAI診断における臨床研究も数々進んでいる。昭和大学チームの臨床研究にも参加している国立がん研究センターが独自で行っている『AIを活用したリアルタイム内視鏡診断サポートシステム開発』(研究責任者:国立がん研究センター中央病院内視鏡科・山田真善、研究代表者:国立がん研究センター内視鏡科・齋藤豊)という研究がその一つだ。

大腸内視鏡検査時に撮影された画像で、大腸がん、前がん病変をAIによりリアルタイムに自動検知し、内視鏡医ががんを見つけるのをサポートする。同センター中央病院内視鏡科で、2017年、過去に診断された約5,000例をAIに学習させたうえで、新たな画像を解析させた結果では、前がん病変と早期がんの発見率は98%だったと報告した。難しい病変や発生部位など、人間の認識が困難なところを、AIが医師の診断のアシストに貢献して発見していく。将来的には腫瘍の質的診断までできることを目標としている。

同システムは、臨床現場で医師にすばやくフィードバックできるように画像解析に適した深層学習(ディープラーニング)を活用したAI技術をベースとしており、独自の高速処理アルゴリズムと画像処理に適した高度な画像を処理する装置を用いる。これにより形態定量解析を行い、色調、凹凸、境界などを学習した結果に基づき、診断しているのが特徴だ。

同システムでは、2018年5月頃までで、約1万例を学習させ、それ以降は、同科を受診した患者の病変を学習させた臨床性能評価試験へ入った。平坦、陥凹型など認識が難しい病変をAIに学習させて、プロトタイプの精度を上げながら、現在、臨床での実用化を睨んでいる状況であり、今後の行方が期待されている。

厚生労働省は、医療へのAI活用の推進に向けて、第三者認証期間とともに、AI関連機器の製造販売を認める方向性は明確になっており、このことにより、様々な研究施設と企業による開発がますます加速することが予想されている。

大腸ポリープを自動認識し、組織診断の予測をリアルタイムに実施-東京慈恵会医科大学

東京慈恵会医科大学では、エルピクセル株式会社とともに、『人工知能技術を用いた大腸内視鏡検査における病変検出、診断支援の技術開発』という研究に着手している。研究代表者は同内視鏡科教授の炭山和毅さんだ。同研究結果は、2018年5月の『第95回日本消化器内視鏡学会総会シンポジウム』と同年6月の『米国消化器病週間(DDW2018)』で発表された。

5万枚の大腸ポリープ画像を深層学習させたデータにより、大腸ポリープを自動認識し、組織診断の予測までリアルタイムに行うことのできるシステムで、その検出感度は98%、陽性的中率は91.2%だという。平坦および微小な診断が難しい病変についても検出感度は93.7%、陽性的中率は96.7%と報告している。今後の行方が注目される。

東京医科大学消化器・小児外科教授の勝又健次さん、同低侵襲医療開発総合センター教授で、慶應義塾大学先端生命科学研究所特任教授の杉本昌弘さんらは、慶應義塾大学先端生命科学研究所との共同研究により、採取した尿の成分をAIで解析し、大腸がん患者を高精度に検出するという、内視鏡検査とは別のアプローチの方法を開発し、複数の大学病院とともに、精度の検証や高精度で簡便な測定方法の開発などを模索している。

以上のように、さまざまな研究が走っている中、他にも数々の研究への着手があり、今後さらに同様な研究への着手が増えていきそうだ。

JEDプロジェクト(Japan Endscopy Database Project)という、日本消化器内視鏡学会内に立ち上げられた多施設共同研究事業では、世界最大の内視鏡データベースを作るべく、全国の内視鏡検査情報の収集を行っている。将来的には、このデータベースを活用しての大規模な研究が進むことも期待できそうだ。

現在は、昭和大学のチームが先陣を切り、トップランナーとして大腸がんにおけるAI診断を牽引するが、今後はこのシステムに収斂していくのか、あるいは、さまざまなチームが開発したシステムが次々に出現し、群雄割拠となるのか、大腸がんをめぐる医療におけるAIの活用はますます活況を呈していくだろう。

いずれにせよ、大腸がんにおけるAIによる診断システムの進歩は、大腸がん撲滅という目標にとっては大きく貢献するはずだ。前がん病変、早期がんの発見は、手術や化学療法のコストを削減でき、医療経済的にもメリットは計り知れない。しかし、そのために考えなくてはならない今後の課題がある。それは内視鏡治療専門医の育成と患者の検診に対する意識の向上と検診率の向上だ。

AIによる診断がいくら進展しても、検診を受ける人が少なくては、宝の持ち腐れとなり、大腸がんの撲滅には至らない。新時代の幕開けは、“医療AI元年”となるといっても過言ではないだろう。その恩恵を受けるためには、日頃から検診の大切さを改めて認識することが重要だ。

 

<関連情報>

・AIを搭載した内視鏡診断支援プログラムが承認
https://www.amed.go.jp/news/release_20181210.html
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20181212_i.pdf

・AIを活用したリアルタイム内視鏡診断サポートシステム開発
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2017/0710/index.html
https://jpn.nec.com/press/201707/20170710_01.html

・大腸内視鏡病変検出/鑑別診断サポートを行うAIを開発
http://www.jikei.ac.jp/news/pdf/press_release_2018-08-17.pdf

・尿中の代謝物を測定し人工知能(AI)で解析、 大腸がんを高精度で検出できる方法を開発
https://www.tokyo-med.ac.jp/news/media/docs/PressRelease20180308.pdf

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