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生命保険の買い取り制度

文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2005年4月
更新:2019年8月

  

末期がん患者救済の切り札となるか!?

療養が長期にわたり治療費や生活費を必要とする末期患者から生命保険を買い取る事業を、日本で初めて都内のベンチャー企業が始め、埼玉県に住む肝がん患者Aさんとの交渉がまとまった。

米国では生命保険の買い取り事業は法整備された上で数多く実施されているが、日本では前例がない。Aさんは加入先のAIGスター生命に生命保険の名義変更を拒否されたため、東京地方裁判所に提訴した。

治療を続ける上で生活費にも困窮するがん患者は数多く、裁判の行方が注目される。

2005年2月10日、埼玉県に住む肝臓がんのAさん(50歳。男性)が加入先のAIGスター生命保険株式会社(東京都中央区。ゴードン・ワトソン社長)を相手に、保険契約の名義を「生命保険買い取り業者」に変更することを求めて、東京地方裁判所に提訴した。Aさんは、89年11月に死亡保険金3000万円(旧・千代田生命保険相互会社。00年10月、会社更生法が適用されて、2830万円に減額)に加入。昨年12月14日、(株)リスク・マネジメント研究所(東京都江東区。濱崎研治社長。04年4月設立)と生命保険の売買契約を交わした。買い取り価格は849万円(保険金の30パーセント)。このほかに、今年中に死亡したらプラス849万円、来年ならプラス566万円、その翌年なら283万円、その翌年は141万5000円、その翌年以降は56万6000円を弔慰金として、Aさんの妻に支払う――という売買契約である。

Aさんの家族は最低でも905万6000円(32パーセント)、最高では1698万円(60パーセント)の支払いを受けられる。米国での生命保険の売買契約を基準にして、日本人に馴染むように「弔慰金」を設定して、売買契約を決めたという。AIGスター生命保険の約款には「保険契約者は、保険会社の同意を得て、保険契約の一切の権利を第三者に承継をすることができる」となっている。そこで、AさんはAIGスター生命保険にこの売買契約の同意を求めた。しかし、同意が認められず、やむなく裁判に訴えることになったというわけだ。

さる2月10日、都内で行われた記者会見で、Aさんは次のように訴えた。

「私は経済的に困窮していて今後の生活の見通しが立たないばかりか、治療費も準備できないというきわめて深刻な事態にあります。何としても名義変更の承諾を得なければ今後の生活は閉ざされてしまいます。私のみならず、私と同様の境遇に置かれた人々が生きるために、健全な1つの選択肢として道が開かれることを願い、提訴を決断しました」

生活保護を申請するも拒否

1954年生まれ
1989年11月1日 生命保険・死亡保険金30O0万円に加入
1990年6月 会社の定期健康診断で軽い肝機能障害(C型肝淡。当時ほ非A非B型肝炎)を指摘される
1993年 長期入院。会社を退職
1994年 インターフェロン療法で治らず、肝硬変に進行
1995年 食道静脈瘤で大量吐血。下血を繰り返す
自宅を売却して借金返済と生活費にあてる
以後、賃貸住宅で生活
保険料2カ月滞納で生命保険の医療費特約失効
2000年 加入先の生命保険会社に会社更正法が適用されて、死亡金が2830万円に減額される
2002年 肝がんに進行。大学病院で肝動脈塞栓療法を受ける
2004年2月 大学病院に入院(生活困窮で入院費滞納中)
12月 1人息子が大学に推薦合格。入学金・授業料等が必要となる
12月14日 (株)リスク・マネジメント研究所と生命保険の売買契約を結ぶ
12月15日 生命保険会社営業所に電話で名義変更を請求したが拒否される。リビングニーズ等約の手続きを要請され、主治医に診断書を記載してもらい申請書を郵送する
12月29日 リビングニーズ特約を拒否される
2005年1月5日 「お客様相談室」を訪問。名義変更請求手続きを求めたが「同意できない」と拒否される
1月6日 名義変更請求の書類を郵送
1月14日 原告代理人(弁護士)を通じて資料と要請状を郵送
1月26日 生命保険会社からAさんに「拒否回答」が届く
2月10日 東京地方裁判所に提訴

Aさんは、人材派遣会社勤務中の89年11月に保険外交員の勧誘で生命保険に加入した。翌年の90年6月頃、会社の定期健康診断で軽い肝機能障害(C型肝炎。当時は非A非B型慢性肝炎と呼ばれた)を指摘された。93年頃、肝炎のため長期入院。肝炎に対する会社の理解不足もあって、人材派遣会社を退職せざるを得なかった。94年、インターフェロン療法を受けたが治らず、肝硬変に進行した。95年、食道静脈瘤による吐血で緊急入院。その後も2回の吐血、数え切れないほどの下血をして、入退院を繰り返した。

「食道静脈瘤による吐血は怖いです。ある日突然、入浴中にムカムカッときて、トイレに駆け込んで大量の血を吐いたことがあります。下血はじわりじわりときます。おかしいなと感じているうちに貧血でめまいや頭痛に見舞われます」とAさん。

人材派遣会社を退職後、会社勤務は難しいと判断して、再就職はあきらめた。インターネット関連の個人事業を自宅で始めたが、思い通りにはいかず、夫婦と1人息子の3人の生活は行き詰った。Aさんに代わって、妻が自宅でパソコンの仕事をして支えたが、収入は月額12万から15万円ほど。国民健康保険料と国民年金保険料を支払い、さらに毎月生命保険料1万7654円を支払わなければならない。生命保険料の支払いは大きな負担になった。妻の収入だけでは生活できず、不足分は親戚から借金を繰り返した。それでも対応できず、一戸建て住宅を売却し、賃貸住宅に転居した。売却金で借金を返済し、生活費、治療費、薬代を捻出した。それも一時しのぎに過ぎず、生活保護制度を利用しようと思って、行政の窓口に何度も足を運んだが、断られた。

生活費に困窮し薬代もままならない

02年、肝臓がんと診断され、東京の大学病院で肝動脈塞栓療法を受けた。主治医の治療方針では毎月2回通院し、肝機能改善薬など5~6種類の薬剤を服用する必要がある。しかし、治療費、薬剤費、交通費を含めると月5万円ほどになる。「生活費に困っている状態ですから、月2回の通院はとてもできません。また、病院で薬の処方箋をいただいても薬局に行かないこともあります」(Aさん)。

2004年2月に同大学病院に入院したが、入院費用の一部が支払えず、滞納している。昨年暮れから腫瘍マーカーが上昇し始め、現在、胸水と腹水が認められている。食物がうまく通過しないため、食事は少量を何回にも分けて摂取する状態だ。食後は苦痛が大きく、毎日、数時間は横になっていなければならない。さらに、腸の癒着で排泄も困難となり、下剤を必要としている。肝機能障害のため、突然襲う蕁麻疹にも悩まされ、呼吸困難となり、救急車で搬送されたこともある。「きちんと治療を行えば4~5年は大丈夫」と励まされるが、十分な治療ができない。「生体肝移植を受ければ回復する可能性はある」とも言われたが、治療費は1500万円もかかり、断念せざるを得ない状態だ。

肝動脈塞栓療法=腫瘍の栄養血管にカテーテルを挿入し、抗がん剤と塞栓物質を注入する治療

リビングニーズには該当せず

04年12月上旬、1人息子が都内の大学理工学部に推薦合格した。しかし、大学進学には入学金、初年度授業料、アパートの敷金・家賃などで200万円前後、4年間の学費や生活費でさらに300万円前後、さらに、Aさん夫婦の生活費や治療費などでもかなりの一時金が必要となった。生命保険の解約による資金捻出も考えたが「解約返戻金は28万円」との回答で愕然とした。肝臓がんの病状が悪化したAさんは妻の収入だけに頼る状態である。Aさんは、生命保険料を払い続けることが困難となり、息子の大学進学などでまとまった資金が必要となった。

そこで、Aさんは生命保険を買い取ってくれる(株)リスク・マネジメント研究所に相談し、生命保険売買の申し込みをした。「実は95年頃、テレビを見て、米国などでは生命保険買い取り会社があり、患者の経済的な救済に取り組んでいるということを知りました。それ以来、生命保険買い取りのことはずっと頭の片隅にありました」とAさん。

何度も話し合いを重ねて、04年12月14日、Aさんは(株)リスク・マネジメント研究所と生命保険の売買契約を結び、AIGスター生命に名義変更について同意を求めたが「名義変更の前にリビングニーズを請求するように」と言われた。リビングニーズは余命6カ月を対象にした特約である。Aさんは「現時点では該当しない。だから、生命保険を売却するために名義変更をしたい」と伝えたが、それでも「リビングニーズの診断書」を提出するように言われた。Aさんは「柔軟に対応してくれるのかな」という期待感を抱き、AIGスター生命から郵送されてきた診断書用紙を持って、東京の大学病院の主治医を訪ねて、記載を求めた。診断書の余命記載欄には「6カ月未満」「6カ月以上」のチェック表があった。主治医は「6カ月以上」の欄にチェックを入れた。診断書を郵送後、電話で確認すると「不可」という回答だった。結局、リビングニーズの申請は無駄だった。

そこで、Aさんは(株)リスク・マネジメント研究所への生命保険の名義変更に同意してもらうため、今年1月5日、AIGスター生命を訪問した。しかし、「理由は言えないが、承諾できない」との回答だった。それでも必死に食い下がり、「名義変更の白紙書類だけでもください」と粘り、翌日書類を作成のうえに提出したが、「今回のご請求はお取り扱いできない」との文書が、1月26日、自宅に届いた。その間、弁護士より要請状を提出した。

米国では法整備され広く普及している

『生命保険の買い取り』と『リビングニーズ』との相違点と日米の現状については、表2を参考にしてほしい。日本ではリビングニーズの支払い件数はあまり多くない。

■表2 傷病手当金受給のポイント
傷病手当金受給のポイント
上位所得者の場合、最終的な自己負担額は15万1807円、住民税非課税世帯は3万5400円

日米の生命保険の現状に詳しい濱崎さんはこう語る。「米国のリビングニーズは余命12カ月や余命24カ月の患者さんが対象でかなり普及しています。日本ではAさんのように生活に困窮し、保険料の支払いが負担になると、ほとんどの方が生命保険を解約してしまいます。米国ではリビングニーズと生命保険買い取りが併行した形で普及し、現在に至ります。日本でも生命保険買い取り制度は患者さんに求められていると思います。Aさんのようなケースにこそ認められて、健全な制度として普及させていきたい」

生命保険買い取り制度は「Viatical Settlements」と呼ばれ、欧米では患者の保険料や治療費を捻出するための互助扶助としてキリスト教会の中で行われてきた。この言葉には「死の旅に立つ人への供え物」という意味が込められているという。米国では1980年代にエイズなどの末期患者を支援するための制度として普及し、現在、生命保険買い取り会社は約45社を数える。95年には国家安全保障法と保険業法の改正で法整備され、末期患者のQOL(生活の質)の向上を目的として定着している。米国連邦取引委員会(FTC)、米国証券取引委員会(SEC)、全国保険局長連合会(NAIC)の公的機関から「生命保険買い取り事業」について、情報提供が行われている。

今回のAさんの提訴と生命保険買い取り事業について、乳がん患者のセルフヘルプグループ「ソレイユ」(会員約400名。89年設立)の会長の中村道子さんは次にように述べる。

「Aさんの生命保険の名義変更を拒否した生命保険会社が米国を本拠とする外資系というのが納得できません。米国ではごく当たり前に行われていることがなぜ日本でできないのでしょうか。治療費や生活費で苦しんでいる患者にとって、生命保険買い取りは救済制度の1つです。がん治療にはお金がかかります。生きるにはお金が必要です。買い取り会社もリスクを背負うわけですからね。お互いに納得できればいいわけです。わずかな解約返戻金で泣き寝入りするよりも買い取り制度を利用できるほうがずっといいと思います」

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