闘病記

がんと生きる

希望こそ生きる力をくれると信じている 大腸がんステージⅢb。抗がん薬治療を拒否したドキュメンタリー映画監督が次作で伝えたいこと

2018年10月

野澤和之さん ドキュメンタリー映画監督 のざわ かずゆき 1954年新潟県六日町生まれ。立教大学文学部修士課程卒。文学修士文化人類学専攻。記録・文化映画のフリーランス助監督を経てテレビドキュメンタリーの世界へ。文化人類学を学んだ体験から文化社会の周縁にいる人々を描いた作品が多い。2004年在日1世の半生を描いたドキュメンタリー映画『ハルコ』が全国の劇場で公開され話題になった。2012年元ハンセン病...

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「栗田さんは私にとって『希望の星』です」 「余命1年」と宣告されてから18年9カ月。腹膜中皮腫患者の歩んだ軌跡

2018年9月

栗田英司さん 「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」関東支部中皮腫相談担当 くりた えいじ 1966年10月静岡県静岡市生まれ。清水市立商業高校卒。大手電機メーカーを経て精密機器会社に就職。33歳のとき腹膜中皮腫と診断され余命1年の宣告を受ける。2000年4月東京都立亀戸技術専門学校入学。2001年5月、情報管理会社入社。2008年6月退社。2009年Nタクシー入社。2017年9月右田孝雄さん...

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いつも一緒が当たり前だった人が、がんに奪われていったとき 小泉美紀さん(小児看護専門看護師)

2018年8月

こいずみ みき一般大学卒業後、OL経験を経て看護学校入学。卒業後、聖路加国際病院に就職。退職後都内の小児専門病院に転職。その後大学院博士前期課程修了。小児看護専門看護師として小児専門病院で勤務。ER勤務を経てPICU勤務。現在に至る。夫とはOL時代に知り合い結婚。結婚28年目に肺がんで夫が他界 夫と2人で生きてきた。これからも変わらぬ日々が続くと思っていた。ある日突然、夫に肺がん「ステージⅣ」が宣...

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自分の乳がん体験に自信と誇りを持って生きなさい ボーマン三枝さん(下着屋Clove代表)

2018年3月

ぼーまん・みえ1981年岡山県生まれ。2013年結婚、その3カ月後に乳がんが見つかり右胸全摘。31歳でがんサバイバーとなる。これをきっかけに2016年に乳がん経験者向けの下着を販売する「下着屋Clove」を立ち上げる。また乳がん経験者が気軽に集まれるおしゃべり会も主催。BLOG『31歳 結婚3カ月で乳がんの私がマミーと呼ばれる日』や各種メディア、起業セミナーで積極的に乳がんや起業についての経験を発...

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医療関係者は常に患者を励まし続けて欲しい 胃がんⅢ期の後に食道がんⅢ期。そのうえ奥さんもホジキンリンパ腫に。それでも明るく楽しく生きていく医療ジャーナリストの松井壽一さん

2018年2月

まつい じゅいち1936年東京生まれ。早稲田大学卒。(株)薬業時報社(現、じほう社)入社。編集局長、取締役を歴任後、退社。以後フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演活動に務めている。また毎月、「ケンコウ奉仕」の芸名で浅草木馬亭にアマ漫談家として出演している。「寅さんファンクラブ」会長。東京医療学院大学非常勤講師。NPO日本医学ジャーナリスト協会理事。著書に『薬の文化誌』『薬の社会誌』『がんを友...

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胃、食道、咽頭にがんを発症しただけでなく脳梗塞、心房粗動、心房細動、肺炎、腎臓病が加わっても生き返った男の物語 『自分もしぶといが、がんもしつこい。それが実感です』

2017年10月

むらくし えいいち1948年静岡県生まれ。明治大学政経学部卒業後、中日新聞社入社。東京本社(東京新聞)編集局社会部、司法記者クラブキャップ、社会部デスクなどを歴任。北陸本社編集局次長などを経て東京本社編集局編集委員で定年退職。引き続き特別嘱託として編集委員を務め2013年暮れに完全退職。『台湾で、見つけた日本人が忘れた「日本」』『新聞記者は何をみたのか 検察・国税担当』(ともに講談社)、『がんと明...

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ちゃんと検査して早期に発見すればがんは怖くない

2015年3月

小笠原恒夫 さん (フリーTVプロデューサー)おがさわら つねお 1948年愛知県蒲郡市生まれ。71年4月、テレビ朝日映像に入社。テレビ朝日『徹子の部屋』『トゥナイト』『ワイドスクランブル』などのディレクター、プロデューサーなどを務める。2011年11月退社、12年よりフリーランスプロデューサーとしてテレビ朝日映像で『東京サイト』(テレビ朝日 月~金14:00~)を手掛けている 定年を迎える頃にな...

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がんを隠さず、オープンに生きると闘う力が湧いてくる

2015年2月

水野ゆき さん (障害者送迎車添乗員)みずの ゆき 1953年秋田県生まれ。21歳で上京し、北里研究所、東京電機大学などの事務職を経て医療事務員となる。38歳で結婚、40・41歳で出産。2004~2010年の2期にわたり民生委員を務める。11年4月より障害者の多機能型事業所で送迎車の添乗員として働いている。民話創作グループ「みみずくの杜」同人 肺がんが、がん死亡率第1位といわれるようになって久しい...

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仕事に全力投球したことで気持ちが楽になりました

2015年1月

竹山 彰 さん (シニア商業施設士)たけやま あきら 1948年山口県生まれ。71年日本大学農獣医学部卒業後、旭硝子流通経営研究所入所。86年より建築設計の仕事に携わり、93年有限会社オフ・デザイン研究所設立。2006年株式会社レィークを設立し、現在に至る。シニア商業施設士 還暦の年にステージ4の舌がんを発症した竹山さんは「60年も生きていたのだから仕方ないな」と最初は思っていた。しかし、手術前日...

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膵がんサバイバーとして膵がん研究の支援活動に取り組みたい

2014年12月

林 育生 さん (食用廃油リサイクル会社代表取締役)はやし いくお 1971年神奈川県生まれ。2012年4月糖尿病で入院し、膵がん・尿膜管がんが発覚して6月に手術を受ける。現在、福岡で食用廃油リサイクル会社(株)ハッピーホーム代表取締役。ブログ「命がけのゲーム すい臓がん」を大目玉の名前で運営中。著書に『がん活力』(太陽出版) 福岡で食用廃油のリサイクル事業を営む林育生さんが、がんの宣告を受けたの...

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