闘病記

がんと生きる

今日の日を生きている幸運に感謝 後悔することなく1日1日を大切に

2005年7月

私とがんとの闘いの始まりは2002年8月末。咳が出始めた。夏風邪だと思っていたがなかなか治まらなかった。10月になり夫が肺炎に罹った。このころになってもまだ咳をしている私に「お母さんも診てもらったほうがええで」と夫。咳止め薬でも出してもらおうか。そんな軽い気持ちで受診した。ところがX線写真には全体がもやもやと白い肺が写っていた。翌日国立病院へ入院。主治医との面談で、胸部X線写真と腫瘍マーカーの数値...

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“奇跡を生むんだ”と「がん春」まっ只中の小児科医 田村明彦さん

2005年7月

パッチ・アダムスのような赤鼻をつけて予防接種をする田村明彦さん(田村小児科医院で) 私の手元に、一風変わった「育児書」がある。その本、『新米ママがんばれ! ~だいじょうぶだよ』(新風舎)は、今年1月に出版された。 著者は小児科医の田村明彦さん(70歳)。小児科医院を開業して25年になる。この本の表紙では、彼自身が “アメリカの赤ひげ”パッチ・アダムスを思わせるリンゴのような鼻をつけ、にっこ...

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食事療法と瞑想で得た「自分のやるべきこと」 がん体験が手弁当で途上国のために奔走する人生を選んだ・北谷勝秀さん

2005年7月

北谷勝秀さん (NPO法人2050理事長) きたたに かつひで 1931年、静岡県生まれ。 30年以上にわたって国際公務員として国連本部で働き、国連人口基金事務局次長を最後に退職。 1994年、NPO2050を設立して理事長に就任し、途上国の人口問題、女性地位向上などに取り組んでいる。 1983年、進行性胃がんを発症し、手術で胃の4分の3を切除した。 潰瘍の真ん中にできた腫瘍 アメリカの友人...

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「治療を受ける理由」は何かを考えた 夢まぼろしの如くなり

2005年6月

肺がんの宣告。すでに腰にも転移 私がはっきりとがんの宣告を受けたのは、2004年1月でした。今までの検査で肺に影があることが分かっていましたから、ある程度覚悟をしていたつもりですが、さすがに宣告されたときはショックでした。 それまでの経過を簡単に書きますと、私は1年半前から右腰が痛くなり、整形外科にかかっていました。薬を飲み、リハビリもしましたが少しも良くなりません。1年ほどたった頃、担当医が...

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何かに夢中になる。それが余命を延ばすと信じて 乳がん手術直後に世界第8位の高峰マナスルに挑んだ登山家・大久保由美子さん

2005年6月

大久保由美子さん (登山家、主婦) おおくぼ ゆみこ 1968年、山口県生まれ。 青山学院大学経営学部卒。 早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了。 OL生活をしていた1992年から登山を始め、99年にはカナダの登山学校で登山の基礎と語学を学んだ。 これまでにヒマラヤなど多くの高峰の登頂に成功している。 2001年、乳がんを発症し、温存手術を受けた。 その4カ月後にマナスル(8163メートル...

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「どん底」を味わったから、今、前向きになれる がん患者と家族の会「かざぐるま」代表・結城富美子さん

2005年5月

結城富美子さん (ゆうき ふみこ) がん患者と家族の会「かざぐるま」代表 “余命は2週間から2カ月” 3年ほど前、そう診断された末期肺腺がん患者の結城富美子さん(53歳)。その回復には、目を見張るものがある。今では、ごくふつうの日常生活を送っているのだ。 ショートヘアに銀縁眼鏡、きっちりとした身だしなみが、元銀行員らしい。尼崎市内の自宅で、夫・俊和さん(53歳)と長女・さやかさん(20...

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希望を捨てず、夢を諦めない 小さな命が教えてくれた生きることの素晴らしさ・米山美紗子さん

2005年5月

米山美紗子さん (主婦) よねやま みさこ 1958年、栃木県出身。 90年頃から胃痛に悩まされ、95年、内視鏡の検査で初期の胃がんが見つかる。 手術で胃の3分の2を切除。 翌年11月、38歳で3女を出産。 2003年12月には創作童話『黄色のお星さまになった猫』(文芸社)を出版した。 5年越しの胃痛 1995年1月17日。忘れもしない阪神淡路大震災があった10年前のこの日、米山美紗子さんは初...

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乳がん体験は生と死を深く考えるきっかけになった 生きていることの素晴らしさを私は音楽で伝えたい・日比野和子さん

2005年4月

日比野和子さん (音楽家) ひびの かずこ 1941年、東京都生まれ。 武蔵野音楽大学卒業。 卒業後はオーケストラ活動、ヴァイオリン、ピアノ、コーラスの指導、またコンサートの企画、演出を手がける。 四街道市教育文化功労賞、印旛郡市社会教育功労賞受賞。 1997年、乳がんの手術を受け、1カ月後に復帰する。 現在、コーラス、トーンチャイム指導、コンサート企画、老人保健施設での音楽療法などに携わる。 ...

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卵巣がんの叔母と最後のときを過ごした20日間 死は永遠の別れではなく……

2005年3月

私は3年前の秋、48歳の叔母をがんで亡くしました。叔母は姉である私の母ととても仲がよく、お互いの家を行き来していたので、私は従姉妹たちと姉妹のようにして育ちました。両家は家族のように生活していました。叔母には小さい頃からずいぶんと可愛がってもらいました。もう1人の母のような存在であったと思います。 そんな叔母は、生を終える最期の20日間を、住み慣れた自宅で過ごし、家族に見守られる中、逝きました...

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がんと難病の二重苦にも負けない生き方の秘訣 ジャーナリスト・柴野徹夫さん

2005年3月

なぜ、そんなに明るくできるの? 柴野徹夫さん (しばの てつお) ジャーナリスト 不思議な人がいる、と耳にした。 がん患者なのに落ち込むこともなく、いつもニコニコして歌を口ずさみ、意欲的に仕事をしている、というのだ。 以前この連載で、詩人・福島登さん(73歳)を紹介した。肝臓がんの末期を生きる中で、初の詩集を上梓された。作品の高い価値を認め、出版を実現させたのが、ジャーナリストの柴...

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